大判例

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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)3029号 判決

控訴人

井ノ口惇子

右訴訟代理人

大森鋼三郎

外二二名

被控訴人

株式会社三和銀行

右代表者

赤司俊雄

右訴訟代理人

高島良一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

控訴人が昭和四三年一一月一五日被控訴銀行にいわゆるパートタイマーとして採用され、京橋支店で為替係の仕事をしていたこと、ところが、被控訴銀行が昭和四四年一〇月三一日控訴人に対し「予定の期間が満了し、為替係の仕事もパートタイマーを必要としない状態になり」、「勤務状況も悪い」という理由で雇用契約終了の通告をなし、爾来控訴人を従業員として取り扱わないこと、また、控訴人との雇用契約には期間の定めがなかつたことは、いずれも、当事者間に争いがない。

(一)  そこで、まず、パートタイマーなる制度の実態を検討してみるのに、〈証拠〉によれば、

いわゆるパートタイマーなる制度は、わが国経済の高度成長下で深刻化する若年労働力不足の問題を解決する方策の一環として昭和三五年ころから出現するに至つたものであり、被控訴銀行においても、信託部門の分離、独立に伴う軽易な労働力の不足を補うため、同年一一月、翌年度の定期採用者が或る程度事務に習熟する昭和三六年六月までを雇用期限として、銀行事務に経験のある元女子行員を採用したのが、被控訴銀行のパートタイマー制度のはじまりである。右によつても明らかなごとく、パートタイマーなる制度は、若年労働力ないしは軽易な労働力の不足を補うものとして、殊に被控訴銀行にあつては、年度の途中で相当数の正行員を採用することが事実上困難であるところから、事務量が増加する中で期中に生ずる正行員の欠員と新規採用行員の事務不馴れ等による短期間の労働力の不足を補うものとして発足したのである。したがつてまた、被控訴銀行のパートタイマーは、主として退職した元女子行員の中から、簡易な手続によつて採用され、その人数も、東日本地区に限つていえば、昭和四三年一一月末現在で正行員約五、〇〇〇名(うち女子約二、三〇〇名)に対し僅か一七名と極めて少なく、賃金は時間給で、転勤、昇進、時間外勤務はもとより、年次有給休暇や週休制度の適用がなく、勤務時間も比較的短かく、被控訴銀行の行員で組織する従業員組合への加入は認めらておらず、また、実際の動務期間も、昭和四四年一〇月末現在における被控訴銀行のパートタイマー総数一六一名のうち一か月未満が一二名、一か月以上四か月未満が六三名、四か月以上七か月未満が三〇名、七か月以上一年未満が四〇名であつて、一年を超える者は僅か一六名にすぎないことが一応認められ、右認定の妨げとなる疎明はない。

(二)  被控訴銀行は、パートタイマー制度の実態が右のごときものである以上、パートタイマーとの雇用契約は、正行員の場合と異なり、民法の一般原則に立ち帰り、期間の定めがないときは、銀行側の都合によつて何時でも解約することができるものであるところ、被控訴銀行においては、パートタイマーとの雇用契約は、採用に当つて銀行内部で一応の雇用期間として予定したいわゆる禀議期間が満了することによつて当然失効するのが事実上の慣習となつており、控訴人との雇用契約も、この慣習に則り、禀議期間の満了した昭和四四年一〇月三一日をもつて終了したのであつて、前記通告は、その既成事実の単なる事後通知にすぎない、と主張する。

しかし、いわゆるパートタイマーであつても、一時的ないしは臨時的な仕事に従事したり、雇用契約終了の時期を確定的に取り決めているような場合はともかく、控訴人のごとく、雇用期間の定めがなく、しかも、正行員と種類、内容の点で異なるところのない仕事に従事している者については、当審証人吉野利雄、轟和子及び新司宏の各証言によつて一応認められる次のような事柄、すなわち、被控訴銀行にあつてはいわゆる禀議期間が満了しても解雇された事例はなく、従来のパートタイマーのすべての者が自己の発意によつて退職しており、また、長期継続雇用や正行員への登用の例も絶無ではないという事情の下においては、雇用の継続を期待することも無理ではないと考えられるので、雇用契約は、いわゆる禀議期間の満了によつて当然に失効するものではなく、また、本件に現われた全疎明資料によつても、被控訴銀行においてかかる慣習があつたことを認めるに足りない。それ故、被控訴銀行が控訴人に対してした雇用契約終了の通告は、解雇の意思表示に該当するものと解すべきである。

ところで、パートタイマーとの雇用契約であつても、単に期間の定めがないということだけで、民法の一般原則に従つて何時でも無条件に解雇し得るものではなく、現下の社会経済情勢の下では解雇により労働者の生活が危殆に陥ることはみやすいところであるということから、客観的に首肯し得る相当の事由がなければ解雇することは許されず、相当の事由のない解雇は、いわゆる解雇権の濫用としてその効力を否定すべきものと解するのが妥当である。もつとも、かようにパートタイマーとの雇用契約を解約するについても相当の事由の存することが必要であるといつても、前叙のごとき実態を有するパートタイマーと、終身雇用的観念の下に採用され、就業規則所定の解雇事由がない限り原則として満五五歳まで身分の保障されている(この点は、前掲〈証拠〉によつて疎明される。)正行員の場合とでは、必要とする相当性の度合につき、同日に論ずることはできず、その間に軽重の差のあることはいうまでもない。

ところで、〈証拠〉によれば、次の事実を一応認めることができる。すなわち、

(1)  被控訴銀行京橋支店においては、昭和四二年七月以降窓口事務を一本化するいわゆる営業係制を実施して取引先との接衝の効率化と業務内容の拡大に努めた結果、業績は向上したが、その反面、事務量が増加し、殊に、京橋支店がオープン・コルレスにおける被控訴銀行側の集中店であつたところから、金融機関の代金取立手形の持込みや本田技研、東洋工業、日本コロンビヤ等の月賦販売手形の持込み、平和相互銀行、秋田相互銀行、日本相互銀行(現在の太陽神戸銀行)、大生相互銀行とのオープン・コルレスの開始等によつて、為替係の事務量の急激な増加をみるに至つた。ところが、当時の為替係はその半数近くの者が実務経験六か月以下という状態で、その事務習熟度は極めて低く、また、テレタイプが初めて導入されたこともあつて、行員の補充、増員、銀行単位の係替え等を実施はしたが、それにも一定の限界があるため、係員の事務習熟度が高まり、また、翌年度の新人行員が事務に一応馴れるまでの労働力不足をパートタイマーで補うこととなり、パートタイマーとして昭和四三年七月一七日滝沢豊子を、同年八月一日長谷川明子を、同年一〇月二五日南方洋子を、同年一一月一五日控訴人を、また、同年一二月二日友田明子を採用した。

(2)  しかし、滝沢豊子は、禀議期間が昭和四四年三月三一日までの八か月間となつていたのに僅か二か月で、長谷川明子は、禀議期間が昭和四四年三月三一日までの一〇か月間となつていたのに僅か三か月(もつとも、辞令面では六か月となつている。)で、南方洋子は、禀議期間が昭和四四年六月三〇日までの八か月間となつていたのに僅か六か月で、友田明子は、禀議期間が昭和四四年一一月三〇日までの一二か月間となつていたのに僅か六か月で退職する始末で、係員の交替が頻繁に行なわれ、しかも、テレタイプの導入による新らしい事務処理方法が定着していなかつたこともあつて、為替事務のミスが目立つて多く、勘定不突合の大半は、為替事務のミスによるものであつた。

そこで、京橋支店としては、為替係の執務体制を強化して事務の正確な処理と能率の向上を図ることが、喫緊の急務となつた。ところで、パートタイマーを実際に使つてみた結果、パートタイマーは家庭をもつているためか正行員に比らべて休みや辞める者が多く、期待していたほどの成果が挙られなかつたことに思いを致し、また、幸い、昭和四四年七月の段階で正行員二名が補強されたほか、同年一〇月にはいま一名正行員の増員が実現する運びとなり、なお、そのころまでには係員の事務習熟度も向上し、新入行員も事務に馴れてくることが見込まれたことから、事務量の方は、依然増加しており、漸く現われ始めた金融引締めによつて多少鈍るにしても、増加の傾向が当分続く状況ではあつたが、為替事務の正確な処理と能率の向上を期するため、敢えて、パートタイマーの使用を廃止し、正行員をもつてそれに当てるという方針を確立し、その方針の下に、控訴人を除くその余のパートタイマーが同年六月までにすべて退職していたが、その補充を行なわなかつた。

(3)  控訴人は、高校卒業後、昭和三九年四月から昭和四一年一二月まで約二年九か月にわたり、被控訴銀行八重州口支店に為替係として勤務し、結婚を理由に退職してからも、「丸の内建物管理」に約一年間勤めた後、「ヒロセボイラー」で働らいていたが、同社は被控訴銀行に比らべて活気に乏しく仕事も面白くないと思つていたところ、被控訴銀行京橋支店のパートタイマーであつた前記長谷川明子から、「自分は琴で身を立てるためパートタイマーを辞めたいので、是非その後任に」とすすめられ、昭和四三年一一月一〇日京橋支店でパートタイマー採用の面接を受けた。その際、銀行側から示された労働条件は、為替係で、朝八時五〇分から午後五時一〇分(土曜日は午後二時)まで働らき、一時間一四〇円支給ということだけであり、雇用期間の点については、控訴人の方からいつまで勤められるのかと質問したのに対し、当時銀行としては、前叙のごとく、パートタイマーとしてはじめて採用した滝沢豊子が禀議期間八か月となつていたのに僅か二か月で退職し、また、長谷川明子も禀議期間一〇か月となつているのに約三か月で退職を願い出てくる始末で、その対応にいささか困惑していたところであつたので、支店長代理の中島貞夫が控訴人に対し「家庭の主婦という立場からいろいろ事情ができると思うが、いままでのパートタイマーをみていると、折角仕事に馴れたころに辞めるといいだすので、銀行としては、余り短かくては困る。ある程度勤務してほしい。」と答え、控訴人においても暗黙のうちにその旨を了承したので、新入行員が事務に馴れる期間も見込んで、禀議期間を昭和四三年一一月一五日から昭和四四年一〇月三一日までと決定し、本店総務部長宛に控訴人を右の期間派遣してくれるよう依頼する旨の禀議書を出した。

かくして、控訴人は、被控訴銀行にパートタイマーとして採用され、前叙のごとく京橋支店で為替係として働らくようになつたのであるが、他の者に比らべて休みが多く、しかも、銀行事務の一番忙がしくなる月末や年末に休み、かつ、当日の出勤時刻が過ぎてから電話で欠勤の届出をしてくるため、事務に支障を来し、出勤日でも、定刻の八時五〇分までに、執務体制についていない場合が少なくなく、総じて勤務状況が良好とはいえなかつたので、被控訴銀行は、控訴人につき勤務延長ないし再雇用等特別の措置をとることなく、前叙のごとく禀議期間の満了した昭和四四年一〇月三一日限りで解雇するに至つた。

以上の事実を一応認めることができ、〈証拠判断略〉。なお、雇用期間の点につき、特段の定めのなかつたことは、前叙のごとく当事者間に争いのないところであるが、控訴人は、特に、前記認定事実を否定し、銀行側から「余り短かくては困る。いつまでもあなたの都合が悪くなるまで勤めてもらいたい。」といわれた、と主張する。しかし、これに副う唯一の疎明資料たる疎甲第一号証(控訴本人の陳述書)の記載部分並びに原審及び当審における控訴本人の供述部分のたやすく措信し得ないことは、右説示のとおりであるが、仮りに、控訴人が銀行側の前記回答から雇用期間について真実右主張のような受取り方をして、相当長期の継続雇用を期待したとしても、かかる期待は、前叙のごときパートタイマー制度の実態と控訴人が被控訴銀行にパートタイマーとして雇用されるに至つた経緯に徴して、到底、客観的合理性を有し得ないものといわざるを得ない。

しかして、以上認定の諸事実を総合考較すれば、本件解雇の主たる理由は、為替事務の正確な処理と能率の向上を図るため、パートタイマーの使用を廃止し、正行員をもつてそれに当てんとする被控訴銀行の新たな事務運営方針が確立されたことにあるものというべきであるが、かかる方針それ自体は、一時的ないしは臨時的な仕事についてはともかく、少なくとも、為替事務のごとく社会会的信用を第一とする銀行の経常的事務のあり方からみて、また、対行員との関係ないしは労働者保護という労働法の基本的理念に照らしても、首肯し得るに足りるものというべきである。しかも、控訴人は、右の新たな事務運営方針が確立されたということだけの理由で解雇されたわけではなく、為替係におけるパートタイマーの平均勤務時間が4.25か月(京橋支店におけるパートタイマー全体のそれが4.0か月)であることからみて、控訴人は、禀議期間の満了する昭和四四年一〇月三一日現在で、京橋支店におけるパートタイマーの平均勤務時間の約2.4倍勤務したことになること、また、控訴人の勤務状況が一般正行員のそれに比較した場合決して良好であるとはいえなかつたのであるから、仮りに、採用に際し、控訴人が相当長期の継続雇用を期待したとしても、前叙のごとくかかる期待には客観的合理性の認められない以上、控訴人が現実に被控訴銀行におけるパートタイマー制度の実態のすべてを知悉していたと否とにかかわらず、被控訴銀行が禀議期間の満了に際し期間延長ないしは再雇用等特別の措置をとることなく解雇の挙に出たからといつて、本件解雇を目して、相当の事由を欠き、解雇権の濫用にわたるものと論難することは、当を得ないというべきである。

(三)  最後に、控訴人は、本件解雇は労働基準法二〇条所定の手続を経ていないから、この点においても、無効たるを免かれない、と主張する。

しかし、〈証拠〉によれば、被控訴銀行は、前叙のごとく昭和四四年一〇月三一日解雇の意思表示をしたが、それより前の同年九月一八日控訴人に対し口頭で翌月末日限りで解雇する旨解雇の予告をしたことが一応認められ、右認定を左右するに足る的確な疎明はない。それ故、控訴人の右主張もまた、採用に由ないものというほかはない。

よつて、控訴人の本件仮処分申請は、被保全権利の存在につき疎明がないことに帰し、もとより保証をもつて疎明に代えることも相当でないから却下すべく、これと同趣旨に出た原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(渡辺吉隆 柳沢千昭 浅香恒久)

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